熊野神社 庚申塔

熊野神社 庚申塚

師岡熊野神社社殿うら「の」の池の脇に庚申塔があります。(写真まん中)「正徳四年」(1714)と刻銘されております。

庚申信仰は、もともとは中国の道教に由来する習俗で、わが国には平安時代に伝わりました。江戸時代になって民間に広まり全国に「庚申塔、庚申塚」が見られます。

庚申の日(十干と十二支の組み合わせ。かのえさる)の夜、人が眠っていると人の体の中から(指の爪の間から)三尸(さんし)の虫が脱け出して天に昇り、その人の罪を天帝に報告する。すると天帝が怒ってその人を早死にさせるという伝説から、人々はこの日一晩は、仲間同士で集まって世間話をしながら寝ないで過ごしたそうです。

その仲間組織のことを「庚申講」と呼び、60日に一度巡ってくる庚申の日を寝ないですごし、3年18回続いたらその講で「庚申待供養塔」「庚申塔」と呼ばれる石塔を建てたと言われています。別には60年に一度巡ってくる庚申の年に「庚申塔」を建立したとか。

甲は「さる」とも呼び神道では猿田彦を庚申の神としているので、猿田彦神を彫ったり、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫った「庚申塔」が多く残っています。

熊野神社 庚申塔アップ

仏教では庚申の本尊は「青面金剛」とされているので、「青面金剛」を彫った「庚申塔」も多く残っています。この師岡熊野神社に残っている庚申塔も「青面金剛」を彫ったものでしょうか?

残っている大きな「庚申塔」にはただ字のみ書いてあるものも多いです。(高崎の少林山達磨寺には多数の文字のみの大きな「庚申塔」が集められています。)「庚申塚」と呼ばれるのは「庚申塔」を建てるのに、塚の上に建てたから「庚申塚」と呼ばれるようになったのだそうです。

   

熊野神社 神明社

熊野神社 神明社

師岡熊野神社本殿の左脇を奥に入ると左手に天照大神をお祭りしている神明社があります。

天照大神は太陽を象徴する女神として伊勢神宮におまつりされておりますが、御分霊は全国におよんでいます。「大神宮さま」と呼ばれ全国の家庭の神棚にまつられる神様として、多くの人々に親しまれています。

この神明社は江戸時代の「新編武蔵國風土記稿」にも書かれており、昔から現代に渡って多くの方々が参拝されているようです。

 

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